2024.04.26

アド・フォーラム2024「AI化時代と広告コミュニケーションの進路」を開催しました。

 京都広告協会主催の「京都広告協会アド・フォーラム2024」(京都商工会議所・京都広告業協会・京都広告懇話会・財団法人大学コンソーシアム京都後援)が令和6年3月13日に京都市下京区のホテルグランヴィア京都で開催され、会員、一般市民など約100人が聴講しました。
 「AI化時代と広告コミュニケーションの進路」をテーマに二人の講師による講演と、参加者からの質問をもとにトークセッションが行われました。その抄録をお伝えします。

講演①
■マーケティングにおける生成AIの影響と博報堂DYグループのユースケース

柴山氏

柴山大氏(㈱博報堂テクノロジーズ執行役員プロダクト開発センター長)

●我々の生活に深く入り込んでいる生成AI

 2022年11月末にChatGPTがリリースされて、生成AIという言葉が一般的な認知を得ました。マーケティング領域でもすでに数多く使われていて、テレビCMでも活用例が見られます。たとえば、あるイラストレーターの画風をAIに学習させて、従来のテレビCMの総集編をその画風に変換した例や、AIで作った女性モデルを使ったテレビCMもあります。また、デジタル広告の分野では生成AIによるクリエイティブが溢れている状態で、モデルも背景もすべて生成AIで作った例もあって、すでに生成AIは我々の生活に深く入り込んでいるのが現状です。
 生成AIを使った動画・静止画のクリエイティブで多くみられるのが人物生成です。Stable Diffusionという画像生成AIが誰でも使えるかたちで提供されていますし、LoRA(Low-Rank Adaptation)という特定のイメージに出力結果を寄せる技術も誕生しました。ただし、さまざまにアレンジされたツールが配布されているサイトを見ると、特定のタレントさんに似せたイメージを出力するとか特定コンテンツのイメージを出力するといったものもあって、肖像権や著作権の侵害にならないか、入念なチェックと配慮が必要な状態です。

●生成AIをマーケティングに利用するメリットとデメリット

 広告クリエイティブにAIを使うメリットとして、AIモデルであれば撮影が不要で、特定個人に対する肖像権等の調整も不要になることが挙げられます。もちろん作成したモデルが誰かに似ていないかというチェックは必要ですが、それをクリアしたら自由に使える。背景や服装などのパターンも安価に大量に生み出すことができます。
 しかし、いいことばかりではなく課題も多くあります。まず、Web広告などでは問題ありませんが、テレビCMとして考査を通すレベルにまで持っていくには、まだまだかなりの労力が必要だと言われます。また、AI技術は日々進歩するので、すぐに陳腐化することも起こり得ます。加えて、AI技術を扱う業者も増えてはいますが、その人たちも経験が浅い状態で、きちんとしたノウハウを持つパートナーを見つけるのも大変です。
 さらに重要な点として、そもそもAIを使うことの是非が、特にヨーロッパを中心に盛んに議論されていることが挙げられます。Stable Diffusionを構成する学習データについてもさまざまな問題が指摘されていて、たとえばGettyというフォトストックサイトの無料サンプルが学習データに含まれていたために訴えられていますし、学習データの一部に児童ポルノの画像が含まれていることも判明して大きな問題になっています。
 もう一つの課題として、広告を見る受け手側の倫理面・感情面のハードルが高いことが挙げられます。Stable Diffusionをめぐる問題も含めて、AIを使うことについて「法律的に認められているとしても利用するのは好ましくない」という感情を持つ方は一定います。マーケティングというのは長期的にはブランドを育てる仕事でもありますから、たとえ法的にOKでも企業の評判に傷がつくリスクがある以上、注意が必要です。
 しかしツールとしては有用で、博報堂DYグループでも、クリエイターやプランナーの発想支援に活用しています。ストラテジックプランニング領域でも利用しており、マーケティングでよく行われるペルソナ(顧客像)の作成などにも使っています。

●AI活用はなぜ失敗するのか、どうすれば有効に使えるのか

 一方で、マーケティングに生成AIを使っても望ましい成果が得られなかった、失敗したという声も多く聞きます。その原因は二つに分解できます。まず、生成AIの役割を正確に理解せず、過度な期待をしすぎていることが問題です。そのため「生成AIでペルソナを作っても普通すぎてつまらない」などと過度に落胆して、使うのをやめてしまうわけです。
 そもそも生成AIは、プロンプトという指示文で「こんなアウトプットを出せ」と命令すると、学習した厖大な情報のなかから最も正しいであろうものを生成する装置です。指示文に対して確率・統計的に相関性の高い結果を導く装置ですから、当たり前の回答が出るのは特性上避けられません。だからペルソナを作れと指示したらスタンダードなものができる。もう一つ、指示文に対して相関性の高いものを出すので、その品質は指示文のクオリティーに左右される。この2点をきちんと理解する必要があります。
 では、どう使えばいいのか。あくまでも現時点の話ですが、生成AIは「たたき」を作るもの、80点程度の成果物を導き出すためのツールとして使うべきです。人が3時間努力して95点の成果物を出すよりも、AIに5分で80点の「たたき」を出させて人間が95点に仕上げるほうが圧倒的に楽だという考えで利用する。さらに、人間が行う際と同じようなテクニックや手法を使うのが効果的です。たとえばペルソナを作らせるときも、周辺情報を一つひとつ整理させて、その情報を基に次を生成するといった段階をきちんと踏む。また、意図や役割を具体的にきちんと伝えると結果は変わります。たとえば、「あなたはコピーライターです。この文章を要約してコピーを作ってMarkdown形式で出力してください」というようにきちんと伝えると、かなり期待値に沿った結果が出る。こうした使い方をすれば、かなり有用なツールだと言えます。

講演②
■AI時代に広告コミュニケーションはどう変化していくか

佐藤氏

佐藤尚之氏(コミュニケーション・ディレクター ㈱ファンベースカンパニー取締役会長/㈱ツナグ代表)

●説得力あるのは熱心な「推し」の言葉

 2023年11月に、AIによって5年後の暮らしがどう変わるかについてビル・ゲイツが語った記事が出ました。そこで彼は、5年後には一人ひとりが専用のAIアシスタント「エージェント」を持つことになって、そのエージェントといつでもコンタクトがとれるように、多くの人がイヤホンのような器具を身に着けて生活するようになると述べています。このエージェントはユーザーが話す言葉に反応して、あらゆるタスクを遂行してくれる。またユーザーに関する知識を学習して蓄積し、孤独なときには話し相手にもなってくれて、個人的な問題の解決にも役立つ、つまりセラピストになるとも予測しています。
 実際に、それに近い世界が実現しつつあります。2024年2月に音声会話型AIアプリ「Cotomo」がリリースされました。使ってみると、こちらの話を否定せずに寄り添って聞いてくれて、知らなかった情報も教えてくれるし、励ましてくれたりもします。かなり共感性の会話ができていて、ビル・ゲイツが予想していることも起こり得ると実感します。
 このAIエージェントが各個人の耳にささやきかける世界になれば、広告業界は終わるかもしれません。たとえば店で何かを買うPoint of purchaseで、「どれが一番いい?」とAIに聞けてしまうわけです。エージェントはユーザーの嗜好や購買傾向を学習・蓄積していて、機能も価格も瞬時に比較して薦めますから、従来の広告では絶対に勝てません。
 しかしよく考えると、エージェントによるお薦めよりも説得力のある言葉が一つだけある。それが熱心な「推し」の言葉です。たとえばAIにお薦めの映画を聞けば、大量のデータから好みに合わせたものを選んできます。これは強力なマーケティングです。これに勝てる可能性のあるのが「期待せずに見たけどあの映画は傑作だ。絶対に見たほうがいい」という家族や友人からのお薦めです。「絶対にこれがいい」という「推し」の言葉は心に届く。これは誰かが誰かに「推す」わけですから、広告コミュニケーションの領域ではないと思うかもしれません。たしかに、誰かに対して熱心な「推し」の言葉を言うように強制することは難しい。でも方法はあると思います。

●価値観の近い家族・類友による「推し」が拓く可能性

 ここで必要となるのがファンベース、ファンをベースに売上や価値を上げていく考え方です。単に商品やブランドが好きでよく使うというレベルを超えてファン度が高まると、人は周囲に薦めだします。たとえば普通のプロ野球ファンはひいきのチームを自分で応援するだけですが、ファン度が高まると周囲の人に布教を始めることがあるでしょう。このファン度を高める活動を広告会社がすれば、AIを超えられる可能性がある。
 ファンベースが重要である理由は以下のとおりです。まず、売上を支えているのはファンですから、市場が急激に縮むなかでその存在は貴重です。次に、情報は無限に溢れていて、興味や関心がない企業やブランドの動画を見る暇も理由もない。もう広告は効かないわけです。しかしこの過酷な情報環境のなかでも確実に伝わる方法が、身近な家族や友人によるお薦めです。世界最大のPR会社であるエデルマンの日本での調査でも、最も信頼できる情報源は、専門家でもインフルエンサーでもなく家族や友人だという結果が出ています。情報通でも目利きでもない家族や友人を信頼するのは、価値観が近いからです。価値観が近い人が愛用するもの、大好きなことは、自分も気に入る可能性が高い。情報も商品も過剰でどう選んでいいかわからない時代でも、信頼できる家族や「類友」──同類のような友人が熱心に薦めたら強く影響して、顧客を増やしてくれるわけです。

●ファンとの関係性構築に注力するAI時代のマーケティング

 「類友」では数が少ないと考える人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。民泊仲介サービスを提供しているAirbnbの創業時の顧客は、100人程度だったそうです。これを成長させようと考えたら、普通は何百万人にその魅力を伝えようとします。でもAirbnbの創業者は、最初の顧客100人と会って、その人たちに愛してもらうアプローチをしました。この100人は、「ホテル旅には飽きていて、こんなサービスを待っていた」という熱狂的なコアファンです。その周辺には同様にホテル旅に飽きた「類友」がいる。100人の周りに「類友」が100人ずついれば1万人、その周りにも100人ずついれば100万人、さらに100人ずついれば1億人です。現在Airbnbには何十億もの利用者がいますが、広告なんて見たことがないですよね。マスを見ずにコアファンにアプローチしてその熱意を高めたことで、ここまで成長した。これが現在あるべきマーケティングです。
 極端なことを言えば、これから企業はファンだけを見て、ファンに愛されるアプローチだけをすればいい。ファンは興味や関心を持っていますから、情報を伝えれば確実に伝わる。そしてファン度が上がれば「類友」に魅力を伝え、新規顧客を獲得してくれるわけです。AIがこれ以上賢くならないという未来はあり得ません。すでにCotomoのようなアプリがあるし、さらに進化するでしょう。そうしてAIが耳元でささやく時代が来たら、従来の広告は勝てません。どこなら勝てるのか。ファン以外の不特定多数にはAIエージェントが情報を与えてしまうなら、ファンとの関係性の構築、その維持と強化に集中するほうが効果的です。今後の広告コミュニケーションはそこに注力すべきだと考えます。

■トークセッション

──AIの作った生成物に15~20点のマイナスがある、80点程度であるということは、私たちにも見抜けるものでしょうか。

●柴山 ゼロから作ると労力がかかって気づけないこともありますが、AIの生成物をレビューすると違う視点で向き合えますし、問題点は見たらわかると思います。肩肘張らずに「AIが作る80点のものをオレ流で仕上げてやろう」という感覚でチェックすればいい。ハルシネーション(誤情報)が出ることもあり得ますが、これも簡単に気づけると思います。

──生成AIで作った画像について、著作権に関連して気をつける点はどんなことですか。

●柴山 現段階で注意すべきなのは、生成物の依拠性・類似性――既存の著作物や実在の人物に似ていないかです。明らかに既存の著作物に似たものを作って「AIが勝手に出した」と言っても通用しません。そこに注意すれば法律上は問題ないですが、マーケティングとしては企業の評判や見る人が抱く感情の面については留意する必要があります。

──藤井聡太さんと生成AIの関係は将来どうなるとお考えですか。また私たちはAIとどう付き合っていくべきでしょうか。

●柴山 藤井さんは壁打ち相手、対戦相手としてAIを使って腕を磨いて、人間界No.1になっているのだと思います。AIを利用した人間の能力が向上して、それに対してAIがさらに強くなるという切磋琢磨の関係です。孫正義さんも、毎日何度もAIとブレーンストーミングをしているそうです。情報収集や壁打ちの相手として人間よりAIのほうが有用になる世界は、そう遠くない気もします。

●佐藤 AIは何時間話し続けても、何度やり直しても文句を言わずに無限に付き合ってくれる。移動中でも使えますから、パートナーとして利用して共存したほうがいいですね。

──現在はすでに、広く伝える「広告」の時代から各個人に伝える「個告」の時代になっていて、従来のマーケティングの概念から脱却することが求められているのでしょうか。

●佐藤 「広告」にしろ「個告」にしろ、興味や関心がない人への直接的なコミュニケーションの時代は終わったと考えるべきだと思います。企業がマスメディアを使って伝えることも、一人ひとりの個に伝えることも直接的なB to Cですが、C to C、人を介して伝えないと信用されないしAIにも勝てない時代になっていると考えています。

●柴山 佐藤さんが言うように、好きなものを好きな人たちに伝えてもらうのが理想です。それは間違いない。とはいえ私はマスメディアをもう少し信じていて、便益について正しく広くきちんと伝えるメディアは今後も必要で、まだ可能性のある領域だと思っています。

トークセッショントークセッションの模様

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