アド・フォーラム2023「デジタルクリエーションとKYOTO」を開催しました。
- 講演会・シンポジウム
京都広告協会では3月20日(月)午後1時半から、京都市下京区のリーガロイヤルホテル京都で、「京都広告協会アド・フォーラム2023-デジタルクリエーションとKYOTO」を開催しました。
杉山央氏(アートテクノロジープロデューサー/森ビル新領域企画部)と工藤岳氏(チームラボ コミュニケーションディレクター)が講演し、その後両氏と遠藤奈美京都放送アナウンサーが、会場からの質問も交えてトークセッションを行いました。
その概要を紹介します。
講師プロフィール
杉山 央(すぎやま・おう)氏
2018年「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM EPSON teamLab Boaderless」室長に就任。現在は森ビル新領域企画部で本年開業の美術館・文化施設の企画を担当。一般社団法人Media Ambition Tokyo理事、2025年大阪関西万博シグネチャーパビリオン「いのちのあかし」計画統括ディレクターも務める。
工藤 岳(くどう・たかし)氏
ニューヨーク、ロンドン、パリ、北京、アブダビなど世界各地のチームラボのアート展に携わる。
なお、チームラボは集団的創造によって、アート、サイエンス、テクノロジー、そして自然界の交差点を模索している国際的な学際的集団で2011年から活動している。アーティスト、プログラマー、エンジニア、CGアニメーター、数学者、建築家など様々な分野のスペシャリストで構成されている。
■都市とアートとテクノロジー
杉山央氏(アートイベントプロデューサー/森ビル新領域企画部)
この20年間で、デジタルでの表現は大きく変わりました。テクノロジーの進化によって、平面的なモニターの世界から飛び出して、リアル空間での立体的でインタラクティブな創作や、様々な体験を生み出すことも可能になりました。こうしてデジタルとリアルとが重なった世界が生まれた結果、エンタメやアートにも大きな変化が起こりました。従来の小説や映画のように主人公の体験を感情移入しながら追体験するものや、作品を受け手として見るだけのものではなく、鑑賞者自身が主人公となって作品世界に入り込むコンテンツが増えてきました。『ポケモンGO』等のゲームや、舞台と客席とが一体になって見る側が物語に入り込む演劇などが登場し、それをテクノロジーが加速させている状況があります。
●世界的な注目を集める「チームラボボーダレス」
「森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボボーダレス」の入り口には「さまよい、探索し、発見する」というメッセージを掲げていた。ここはお客様が自らの意思で順路のない施設内を探索し、それぞれが個別の体験を持ち帰る美術館だからです。それは従来のエンタメとは違って一人ひとりが物語の主人公になる体験で、しかも身体を使ってのみ得られる体験です。アートの力でデジタルとリアルとが重なって、境界がなくなった世界が生まれています。
このミュージアムを作ったのは、東京の魅力を新たにつくり出し、世界を惹きつける「都市の磁力」を高めたいと思ったから。そこにはアートや文化の力が必要です。その狙いは成功して、開業から5か月で100万人、年間では230万人が来場しました。世界的に優れた文化施設に贈られる「ティア・アワード」も受賞するなど、世界から注目される存在になりました。
来場者の半数が海外から、しかもそのうちの半分はこの施設を目的に東京に来ています。言葉がわからなくても楽しめるというチームラボのアート作品の強さがこの人気の最大の理由ですが、ジャスティン・ビーバーなどのインフルエンサーが来てその様子をSNSに投稿してくれたことや、Swizz Beatz、Nasなど世界的なアーティストのミュージックビデオが撮影されたことも大きな集客効果がありました。
●デジタルとリアルとが重なる世界を都市空間に拡げる
私は現在、チームラボボーダレスのようなデジタルとリアルとが重なる世界を都市に拡げるプロジェクトを複数進めています。例えばボーダレスの作品を、プロジェクターで表示して見るのではなく、スマートグラスやスマートフォンなどを利用して街なかで見ると、都市全体がデジタルとリアルが重なった世界になります。ボーダレスの作品のように動く人と空間とが相互作用するだけでなく、離れた場所にいる人同士がやりとりできるような、Web上とリアル空間とが連動したりするプロジェクトを行っています。
取り組みの一例として、森ビルとドコモが2021年に行った実験を紹介します。まず、ヴィーナスフォートという商業施設全体を高精細にスキャンして本物そっくりのVR空間を作りました。一方でヴィーナスフォートでは、お客様にMRグラスを配って着けてもらう。MRグラスは、現実の景色に重なるようにして情報を表示して見せる装置で、それを着けて店舗に行くとセール情報などを見ることができる。ヴィーナスフォート内にいる人はVR空間上にもアバターで表示される。逆にMRグラスを着けた人にもVR空間にアクセスしている人のアバターが見え、近づけば会話できる。離れた場所にいる人同士が片方の現実をベースに交流できる技術で、これには大きな可能性を感じました。こうしたデジタルとリアルとが重なった世界を作ることで、新たな体験価値を生み出せるのではないかと考えて、いま実験しているところです。
●街全体をアートの表現領域に
2023年に開業する麻布台ヒルズには、2022年8月に閉館したチームラボボーダレスが移転オープンします。また、虎ノ門ヒルズに建設中のステーションタワーにできるTOKYO NODEという施設ではアーティストや企業がコラボレーションして新しい体験やサービスを生み出すプロジェクトが始動します。施設のみならず街全体がデジタルと連動し表現の場所になります。
アーティストは新しい世界を切り拓きます。テクノロジーがアーティストの表現を支えていきます。さらにテクノロジーによって一般のお客様もアートやエンタメに参加しやすくなっている。そして参加が容易であるがゆえにコンテンツの内容も変わってゆきます。今後は閉じられた世界で物事が起こるのではなく、街全体がアートのフィールドになる。その実験がいま始まっています。
■アートで世界の認識を変える
工藤岳氏(チームラボ コミュニケーションディレクター)
teamLab(チームラボ)は、エンジニアやCGアニメーター、建築家など、1,000人ほどの専門家の集団です。プロジェクトごとにチームを組んで、テクノロジーを駆使したアウトプットを生み出しています。先ほど紹介があったチームラボボーダレスでは、1万平米の空間に私たちが作った様々なデジタルテクノロジーによるアート作品があり、作品は移動し、その作品同士がコミュニケーションを取り合い、空間が変化し続けます。作品と作品との境界も、作品と鑑賞者との境界もない、名前の通りボーダレスなミュージアムです。
●人と人との関係性を変え、他者に優しくなるアート
私たちは、テクノロジーを使ったアート作品を通じて、人と人との関係性、人類と世界との関係性をよりよい方向に変えられるのではないかと考えています。
例えば、展示空間に花が咲いて散っていく様子を表現したアートがあります。デジタルの庭園のようなもので、鑑賞者が立ったまま動かずにいるか、壁に触って動かずにいると、その周辺に花が咲く。また、2、3分前まで誰かがいた場所には花がたくさん咲きますが、人が速く動いたり花に触れたりすると散って死んでしまうというアートです。この作品をニューヨークのギャラリーで発表した初日、あまりに多くの人が来て部屋が満杯になって、花が全部散った状態になってしまいました。そのときある男性が「人がいすぎるから花が死ぬんだな。少し空間を作ってあげよう」と数人を連れて部屋を出てくれて、花が咲くようになったのです。このとき部屋にいた全員がすごく喜んで、そこにいない男性に感謝しました。これは私たちにとって転機となった美しい瞬間で、作品が、鑑賞者の行為に影響を与え、作品を通して人の行動が変わるのではないかと感じた出来事でした。
ルーブル美術館に『モナ・リザ』を見に行くと、常に人だかりができていますね。絵画は鑑賞者の存在やとなりの人のふるまいによって変化しません。私も何度か行ったことがありますが、いつも心のどこかで他人が邪魔だと思ってしまっていました。そんな心の動きを踏まえて作ったのが“憑依する滝、Transcending Boundaries”という作品です。展示空間にデジタルで描かれた滝があって水が流れていますが、鑑賞者がいると、水はその人をよけて流れるようになります。つまり鑑賞者が作品の一部になる。その人がいることでその景色が生まれていますから、後から展示空間に入った人がその空間を美しいと感じるならば、先にいる他人の存在に対して少しだけポジティブになるのではないかと考えて生まれた作品です。
これは仮説ですが、デジタルの力で鑑賞者が作品の一部になることで、他者に対して優しい気持ちになれるのではないかと考えています。例えば一般的な美術館で幼い子が動き回ったら困りますが、我々が作った空間では、子どもが多少動いて触ることで、より花が咲いたり散ったりする。子どもがいることでさらに美しい空間になるわけです。
●人間の価値観を変え、行動を変えるアート
私たちがチームラボでしたいのは、人間の価値観を変えることです。アートにはおそらくこれができる。人は「美しい」とか「おもしろい」とか、言語化が難しいけれど心動かされるものに影響を受けて行動します。逆に言うと、人類の価値観を変えたものを人びとはアートと呼ぶのだと思います。つまりアーティストは、それまでとはまったく違う世界を見せてくれる存在で、世界の新たな認識の仕方を教えてくれる存在です。
例えば、19世紀後半までの絵画では、傘をさす人や濡れた地面を描くことで雨を表現していました。その雨を線で表現したのが歌川広重です。その表現に「美しい」、「カッコいい」と心を動かされた結果、世界で多くの人が雨を線で描くようになった。人間の行動規範、価値観を変えたわけです。
また、アンディ・ウォーホルは1960年代後半にキャンベルのスープ缶の絵とマリリン・モンローの絵を描くことで、「みんなが知っているものはおしなべてカッコいい」ということを表現しました。これによって大きく変わったのがファッションの世界です。1960年代のファッションのヒエラルキーでは、富裕層向けに仕立てられた一点物の服が最上位で、大量生産品は「安かろう悪かろう」という存在だった。ところが、ウォーホルが「みんなが知っていることはカッコいい」と示した結果、ファッション業界でも、どれぐらい人に認知されるかというブランディングが重視されるように変わったわけです。
このようにアートは人の価値観を変えます。しかもそれはアート以外の分野にも波及します。美の基準が変われば産業も変わる。私たちの作品によって都市計画や街のつくり方が変わることもあるかもしれない。そんなことを思いながら作品を制作しています。京都駅東南部エリアに開設するミュージアムでは、私たちの作品を常設展示するほか、世界的なアートセンターも誘致します。みなさんが参加できる市民ギャラリーも作って、京都と世界とをつなぐ場所にしたいと考えて進めています。
■トークセッション──質疑応答
──街づくりで重要視していることは何ですか。また、街づくりのなかで商業施設との関わりについて考えていることがあれば教えてください。
杉山●これからの街づくりには、一般の方の参加が重要だと考えています。トークンなどの仕組みを使うことで街、一般の方でも街のオーナーシップを持つことができれば、自分の街だと思えるようになるだろう。そうなれば、街を良くしようとする行動につながります。その道筋をつけたいと思っています。
商業施設は、リアルの買い物の体験をより楽しくしないとネットショッピングに勝てない。アーティストの発想やテクノロジーによって物語性を持たせることで、店で買う体験自体が楽しくなる仕組みができれば、未来は拓けると思います。
工藤●体験や行為の価値を拡張することには可能性を感じます。普段している行為に違う意味が付与できたら、新しい文化が生まれる。例えば、お茶を飲む動作・行為に新たな価値を持たせたのが茶道だとも言えますよね。歴史ある京都に存在する「こうすべき」という様々な制約についても、それを壊すのではなく新たな価値や意味を見出せたら、興味深いものが生まれる気がします。
──チームラボボーダレスに人がたくさん来た以外に、街にどんな変化がありましたか。
杉山●日本が世界に誇る文化としてアニメ、マンガ、Kawaiiがある。秋葉原、中野、原宿といった中心地があることで日本が「本場」となった。現代アートでいえば、MoMAがあることでニューヨークが本場になっている。2018年当時はまだ、体験型のデジタルアートの本場が世界のどこにも無かった。ボーダレスという拠点を作ったことで、世界に対して日本、東京がデジタルアートの本場だというイメージを定着させることができた。
──京都駅東南部にアートミュージアムができることで、京都はどう変わると思いますか。
杉山●ミュージアムができれば海外からより多くの方が来るはず。そのときには、都市が持つ歴史や文化の存在がますます際立つ。京都では、例えば道にも坂にも歴史や物語があり、それ自体がコンテンツになり得ます。それは過去との対話、時代を超えたコミュニケーションにつながる。他にはない京都の魅力が、さらに発揮されると期待しています。
工藤●京都の歴史を考えたら私たちのミュージアムは小さな存在ですから、それで何かが大きく変わることはないと思います。でも、その小さなものも取り込んで、少しずつ変わっていく度量があるのもまた京都ですよね。その一部になれるのはすごくうれしいですね。
3人によるトークセッションの模様