アド・フォーラム2026「時代を紡ぐ広告コミュニケーション-昭和・平成・令和 広告の”温故知新”ー」を開催しました。
- 講演会・シンポジウム
京都広告協会創立70周年記念「アド・フォーラム2026」を3月25日、京都市下京区のからすま京都ホテルで開催し、会員・一般の80人が聴講しました。
「時代を紡ぐ広告コミュニケーション-昭和・平成・令和 広告の“温故知新”-」をテーマに、お二人の講演とトークセッションを通して、昭和以後、現在にいたる広告表現の手法の移り変わりなどを検証しました。その要旨を紹介します。
講演①
「レナウン・イエイエ」とはなんだったのか。
――日本のテレビCM表現:昭和の画期を探る

竹内幸絵氏
竹内幸絵氏(同志社大学社会学部教授)
「レナウン・イエイエ」というテレビCM(以下『イエイエ』CM)は大きな評判を呼び日本のテレビCM表現に画期をもたらしたと言われます。その印象の強さから何度も放映されたと思われがちですが、じつは1967年7月から半年ほどの間に30回流されただけでした。それなのになぜそこまで評価が高かったのでしょう。このCMにはイラストを中心としたアニメーションのパートと、実写で人が動いているパートとの二つが交互に登場します。本日は、それぞれの表現の特徴とそのルーツについて紹介し、CM表現として何が画期的であり、意義深かったのかを考えます。
■『イエイエ』CMアニメ部分の特徴──歴史のなかで育まれた表現
アニメーション部分の特徴として、1960年代半ばに台頭した芸術潮流「ポップアート」の影響が挙げられます。それに加えてなめらかに動くアニメではなく、グラフィックデザインされたイラスト画像をポンポンと切り替えて映していく表現が特徴的です。
1953年のテレビ放送開始と同時に始まったテレビCMではアニメが多く使用されました。不鮮明な小さなブラウン管には実写よりもアニメが見やすかったからです。そしてそれは1秒間に24コマあってなめらかに動くフルアニメーション(フルアニメ)でした。
この日本のフルアニメによるCMのルーツを遡ると、1945年公開のプロパガンダ映画『桃太郎 海の神兵』にたどり着きます。これはディズニーの『ファンタジア』の表現力に驚いた日本政府の命を受けて作られた、なめらかな動きが特徴のモノクロのフルアニメ作品です。この制作経験でディズニー風のフルアニメを作る技術が日本のアニメーターにも積み上げられ「これがアニメだ」という意識も強く植え付けられました。この映画を作ったアニメーターの多くはその後、戦後すぐに設立された新日本動画社を経て、1956年設立の東映動画に入ります。東映動画はフルアニメ映画の制作に乗り出しますが、その莫大な費用はテレビCMの制作による利益で賄われました。制作技法が社内で共有され、戦前に獲得されたフルアニメの技術は、テレビCMにも注ぎ込まれることになりました。
東映動画は1958年に『白蛇伝』という日本初のフルアニメ映画を封切ります。ところがこのころ世界では「フルアニメこそがアニメ」という考えに対する抵抗が大きくなっていました。芸術家たちを中心に「アニメはもっと自由なはずだ」という「ディズニーからの解放」が叫ばれ、実験的な制作が始まっていました。1950年代半ばには、ソール・バスによる映画のタイトルデザインの映像や、ノーマン・マクラレンによるフィルムに傷をつけてコマ撮りした実験的な映像などが一世を風靡します。
こうしたなか、『白蛇伝』と同じ1958年に、日本にも新たなアニメーション表現が登場します。アンクルトリスというキャラクターを使ったサントリーのウイスキーのCMです。描いたのは柳原良平というイラストレーターで、プロデュースしたのは開高健でした。開高が、柳原が新聞広告に描いていたイラストを動かすことを思いつき、しかも1秒間に6~8コマという少ない動きでおもしろおかしく表現する提案をして、これが大ヒットします。こうしてグラフィックデザインから生まれたテレビCMによって、フルアニメではない新たな表現が開拓された。アンクルトリスのCMは日本初のコマ数の少ないリミテッド・アニメと呼ばれる表現であったし、これを起点として、後の『イエイエ』CMでは、さらにコマ数を減らした表現がカラーで作られたと言えるでしょう。
■『イエイエ』CM実写動画部分の特徴──ストップモーションの効果
実写で人物が映っている部分は、1966~1967年に建てられた近代建築を背景に、女性モデルがポーズをとったり歩いたりする映像です。彼女らのファッションは、当時人気だったツイッギーというモデルにインスパイアされていることがわかります。そして活動的な女性のイメージが前面に押し出されています。ビジュアル・デザインの特徴としては、モデルが変わったポーズをして動きを止めたり、映像自体がストップしたりするストップモーションと呼ばれる技法の多用が挙げられます。アニメ部分でもそうですが、この表現法によって連続した動きよりも強い印象が生まれています。
これについても『イエイエ』CMが最初ではありません。資生堂を中心に500本以上のCMを制作した杉山登志の作品には、ストップモーションの技法が顕著に見られます。「ストップモーションの天才」とも呼ばれた杉山は、1957年からCMを作り始め、早い段階でスチールフォトを動かしたり、ポスターをグルグルと回して止めてみたりなど、白黒で印象的な映像をつくることに成功し高い評価を受けました。改めて比較すると彼の表現が『イエイエ』CMに直結していることに気づきます。
■日本の広告動画表現の到達点であり画期である『イエイエ』CM
このように歴史をたどると、日本のグラフィックデザインと動画制作の歴史が積み重なって『イエイエ』CMが生みだされたことがわかります。しかし、それ以前のCMと大きく違うのは、『イエイエ』CMがカラーであったことです。日本のカラー放映は1964年の東京オリンピックの放送のために1960年に始まりましたが、カラー放送網の整備が終わり日本全国へのカラーでの一斉放送が可能になったのは1967年3月でした。同じ年、高額のためなかなか広まらなかったカラーテレビの普及率がようやく10%に近づきカラー時代の到来を予感させました。そしてこの年の7月に『イエイエ』CMの全国一斉放映が始まった。『イエイエ』CMの意義を考える際には、この絶妙なタイミングも押さえておく必要があります。
『イエイエ』CMがグランプリを受賞した1967年のACC CMフェスティバルに出品されたカラーCMは87本でした。『イエイエ』CMの翌年の1968年には213本になり、2年後の1969年にはほぼすべてがカラーになって、カラーCMというカテゴリがなくなります。急激にカラーCMが一般化したわけです。それまでの日本の広告において生みだされてきた表現手法をうまく活かすかたちで、『イエイエ』CMがカラーのテレビCMの口火を切り、大きなトレンドを生み出した。これが時代を作った広告と評価される所以だと言えます。
最後にもう一つ忘れてはならない重要な点を押さえておきましょう。それは、テレビCMは短いからこそ実験ができたということです。30分や1時間の番組には莫大な資金が必要で冒険は難しい。しかし1分や30秒と短く、しかも目新しい表現を好むテレビCMであれば、スポンサーからの資金も獲得しやすくクリエーターらも挑戦しやすかった。『イエイエ』CMはそうした条件の下で行われた映像実験の成功例のひとつともいえるのです。
講演②
「広告」という仕事の可能性

菅野薫氏
菅野薫氏((つづく)クリエーティブ・ディレクター/クリエーティブ・テクノロジスト)
現在の広告は、かつてのTVラジオの電波や、新聞雑誌のような紙の媒体上という限られた手段で表現を競っていた時代と異なり、「クライアントのマーケティングに寄与するために何ができるか」という1点が重要な目的で、そのために考えうる幅広い手法を駆使するものへと変わって多様化し、テレビCMはその有力な武器の一つという立ち位置に変わりました。僕の仕事も、デジタルテクノロジーを使って、テレビCMだけではなくイベントのようなリアルな体験、ウェブやYouTube、SNSなどのデジタルメディアで流れる映像やコンテンツを制作するものなど幅広い表現手法を駆使するものになっています。
■テクノロジーを使った広告制作とは
テクノロジーを使って広告を作るとはどういうことか。2014年に僕の最初の出世作になったのが本田技研工業(ホンダ)の仕事です。ホンダは何度もF1に参戦していて、F1が最も盛り上がりを見せていた1980年代後半から1990年代の冒頭には、マクラーレン・ホンダという、マクラーレンの車にホンダがエンジンを提供するチームがありました。そのチームのドライバーとして活躍し、当時のスターだったのがアイルトン・セナというブラジル人レーサーですが、彼はレース中の事故で1994年に亡くなってしまいます。そのセナが残した走行データをベースに、鈴鹿サーキットで彼が当時の世界最速ラップを記録した走りを音と光で再現するという、追悼の意を込めた広告「Sound of Honda/Ayrton Senna 1989」を作りました。これはテレビCMでもあり、ウェブCMでもあり、イベントでもあり、ドキュメンタリー映像でもあるというものです。
この作品はカンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルという世界最大の広告祭のチタニウム&インテグレーテッド部門でグランプリを受賞し、合計8部門で15の賞を受けたほか、D&ADの最高賞等々20個のグランプリと118個のトロフィーが贈られてきて、2014年に世界で最も賞を取った作品に選ばれました。
このように、僕はCMっぽいCMを作る人ではなく、テクノロジーを使って一度限りのイベントや実験を行って、それ自体を映像作品として残していくライブパフォーマンスが得意なタイプです。2015年には、旧国立競技場の最後の日のセレモニーのラスト15分間の演出を担当しました。依頼を受けて、最後にみなさんへの感謝をどう示すべきかを考えて、国立競技場で行われた全試合のデータを精査し、どれが最もみんなに感動を与えたのかを調べてNHKのライブラリーからその映像を探し出し、すべて国立競技場で再現するために3Dデータに起こして再現しました。レーザー、LED、プロジェクションマッピング、3D映像様々な手法を駆使して、国立競技場のフィールドに歴史的な瞬間を再現した。何人のアスリートがここに立ち、何人の勝者と敗者が生まれたか、すべて記録で出てくるという演出でみなさんへの感謝を伝えて、「また会いましょう」というメッセージで締めくくりました。
東京オリンピック招致のためのプレゼンテーションに関する仕事もしました。フェンシング選手の太田雄貴さんから連絡が来て、プレゼンで使う映像を作ったプロジェクトです。フェンシングの課題は勝者がわかりづらいことでした。そこでモーション・キャプチャーやAR(拡張現実)技術を使って、リアルタイムのテレビ中継やプレイバックの際に剣先の軌跡が明確に見える仕組みを作って、東京開催が実現すれば日本の技術を駆使して競技をわかりやすく見せることができるとアピールする映像を作りました。
■ブランドと商品の魅力を伝えるものはすべてが広告
13年前から、Perfumeという3人組女性音楽ユニットのお仕事もクリエーティブ・ディレクターとして務めていて、楽曲プロモーションやライブのコンテンツ制作を担当しています。僕が担当する前に武道館や東京ドームでの公演も実現するなど相当売れていて、アーティストとして次のキャリアに進むタイミングから関わらせていただいて、テクノロジーを使って世界でも例がない新たなライブパフォーマンスを見せていく仕事になっていきました。最初にしたのが2013年のフランスのカンヌでのパフォーマンスの仕事で、ダンスする彼女たちの動きをセンサーで瞬時に認識して3次元の位置を同定し、衣装にプロジェクションマッピングをする演出を行って世界的に話題になりました。これが広告なのかと思われるかもしれませんが、資生堂やサントリーなどの広告主の代わりにPerfumeというアーティストがクライアントになっている広告だと考えて、どのように彼女たちや彼女たちのチームの素晴らしさを世の中に届けていくかという視点で考えて仕事をしているので僕にとっては完全に広告的な思考です。
ここまで紹介した僕の仕事は、みなさんが思う広告とは違うかもしれません。しかし原義的に言うと、ブランドや企業を知ってもらい、商品について理解してもらい、そのブランドを信じる理由を提示する。みんなに好きとか欲しいとか関わりたいとかポジティブな態度になってもらうためのものであればすべてが広告だと僕は認識しています。それはCMでもいいし、商品を使った実験やパフォーマンスが話題になって知ってもらうことでもいいと考えて仕事をしてきました。
■広告クリエーターが集う場の創造──虎ノ門広告祭
コロナ禍を経て、あらためて、リアルに人がつながりあうことの価値が浮き彫りになっている世の中。場をつくること、共有体験をつくることに興味があります。昨年2025年10月に、虎ノ門ヒルズのTOKYO NODEというホールとギャラリーを1週間丸ごと借り切って「虎ノ門広告祭」を開催しました。広告の制作者が集まって議論したり作品を見合ったりできる場が日本にはなかったので。計403人のクリエーターに登壇やコンテンツ制作に関わってもらって、世界中の受賞広告や著名な仕事の上映会のほか、若い才能を発見するコンテスト、国際広告賞との連携プロジェクトや展示、トークセッションなど120の企画を実施しました。20歳代だけで6割程度と若い人が多く集まって、全体の入場者は累計約1万7千人、SNSでも大きな反響があって、Xで何度もトレンド入りして、TikTokでも初日の午前に一気にトレンド1位になりました。今年も開催しますので、お時間がある方はぜひ来ていただければと思います。
トークセッション
竹内幸絵氏×菅野薫氏(進行は海平和KBS京都アナウンサー)
●竹内幸絵 私は1週間前に帰国するまで9か月間アメリカにいたのですが、その際に参加したデューク大学の「Japanese Pop Culture」という授業の「日本とは何か、日本らしさとは何か」を問う回で、Perfumeのライブ映像や、リオ・オリンピックの閉会式でのパフォーマンスの映像など、菅野さんのお仕事が「日本らしさ」として紹介されていました。
●菅野薫 ことさら日本らしくしようと意識していることはありませんが、生まれも育ちも日本で、日本で集めたチームで作っていますから、そもそもの所作が自然発生的にそうなる側面はあると思います。たとえばPerfumeは振り付けをミリ単位でピシッと合わせます。そこまで細かく合わせるのは世界でも日本だけらしくて、それを見るだけで「日本的だ」と言われてますが、生理的に着想されているという感じがあります。
── 会場の参加者から「表現の進化が続くと未来のCMはどうなりますか」という質問が来ています。CMに限らず、菅野さんは広告の現状と未来をどうお考えですか。
●菅野 AIのスピードが想像を絶するものになっていて、広告の業務のプロセスはかなりの勢い変化しています。AIに命令するだけで、従来はカメラマンが写真撮影をしてデザイナーが1週間程度かけてレイアウトしていたものが3秒ほどで何十パターンも出てくる。そこで最も多く反応があったものが生き残り、それをまたAIが学習して大量に生成する。とはいえ、現状は機微や芸術性は薄く、文脈や物語性からブランドを好きになるというよりは、「安い」とか「かわいい女の子が出ている」ということで直情的な反応を得る広告だけが増える事態になっていますね。
広告の現状と未来を考えるうえでもう一つ大きいのは不景気の影響です。広告では意思決定者が多数いて、しかも最終決定権があるのは広告主という表現の専門家ではない人で、その人たちは無駄な投資をしたくない。だから遅効性だったり、表現的に凝ったことをしようとすればするほど「そんなことは求めていない」となって合意形成が難しいわけです。
●竹内 『イエイエ』CMで表現の冒険が出来たのは、景気が上り調子の昭和の時代だったからともいえるわけですね。
●菅野 加えて、テレビCMの世界が急成長して多数作られるなかでは、新たな手法で目立たないと埋もれてしまって、お金をかけても誰にも気づいてもらえない。だからみんな新たな表現に挑戦したし、それを採用する余力も意思も社会的な流れもあったわけです。
── お二人の話から、広告の技術が進化するなかでも挑戦し続けることの重要性は変わらないのではないかと感じますが、現在は挑戦することも難しい状況なのでしょうか。
●菅野 保守的になって挑戦しづらい世の中であることは事実です。でも、他の芸術活動や文化活動よりは明らかに制作費がある。だからこそ社会全体で「新たな挑戦をしないと日本の経済や文化はよくならない」という思いを持って意思決定していく必要があるわけです。広告というのは、表現や文化的な所作によって経済活動を推進させる営みです。我々の仕事は芸術ではなくビジネスですが、一方でみなさんの心を本当に動かすのは文化的なことであるという、その両方の狭間に立っている仕事です。
── 「オールドメディアが若者を振り向かせる一手はあるのでしょうか」という質問も来ています。
●菅野 若い人は、新聞はもちろんテレビ視聴も減っています。YouTube等を含めて1日当たりで映像に接する量は増えていても、テレビの比率は減っているのでテレビCMも厳しいですね。とはいえ、ネットでは虚実ないまぜで質の悪い情報や映像が広がっている側面はあるので、信頼出来る高品質のものを作れば、新聞やテレビのコンテンツを作った経験がある人たちは生き残れると思います。でも、そのプラットフォームは旧来のテレビや新聞という形式ではなく、新たな場所で才能が開花する構造になる可能性が高い。時代に合わせて柔軟にありかたを変容させていく必要があると思います。
── 最後にお二人から参加者のみなさんへのメッセージと本日の感想をお願いします。
●菅野 人間は感情的な生き物で、値段だけでものを選ぶわけではありません。好きだから買うし、豊かに見える世界だから関わりたいし、自身も豊かに生きたいと思う。広告というのは、みなさんの生活と経済活動をより豊かにするための応援をするものだと僕は思っています。応援するには豊かなメッセージの投げかけ方が必要で、そこにどんな豊かさを持ち込むかが僕らの仕事の根幹であり生命線です。そこを最後の一線と捉えて踏ん張って仕事をしていますし、業界全体を盛り上げようと虎ノ門広告祭も開催しています。「昔はよかった」というのではなく、「いまが最も豊かだ」、「日本はかっこいい」と言われていないといけない。その役目を広告が担う覚悟で仕事を続けたいと思っていますし、みなさんにもそう考えて仕事をしていただきたいと思っています。
●竹内 私は歴史研究者ですが、昔だけを見ているつもりはなく、それが現在にどうつながるのかを常に考えているし、そうでなければ学生もついてきません。そう考えているなかでアメリカの若者が日本文化をどう理解し興味を持っているかを肌で感じてきた直後に、本日は日本を代表するクリエーターである菅野さんのお話を聞けて、日本の広告の持つ豊かさをもっと信じていいのだと確信しました。ありがとうございました。

トークセッションの模様
